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天使の嘆願

 

  16歳のある時から夢を見るようになった・・・。胸を焼くような愛しさと、狂おしいほどの悲しみ。私は今日も涙を流しながら目覚める。

 

  いつからだったろうか・・・。何を敵に回しても守るという忠誠と愛。叫びたくなるほどの怒り。逃れえぬ不条理と失い続ける結末、悲しみに涙と呻きに堪える。

 

  剣戟と叫び、吐き気をもたらす様な濃厚な血の臭い。埃に煤けた白いドレス姿の私、その右の手を引くのは私だけの騎士。落城寸前の城の抜け道をひた走る。時折振り返る彼の誇らしげな顔、絶対の信頼、口にはできない愛しさが込み上げる。

  抜け道を抜け出た瞬間、雲霞の如く降り注ぐ殺意。彼は私を後ろにそれらを切りはらいながらも、多くの矢を受けて倒れた。

 

  絶対に守る。そう誓ったはずなのに、数えるのも馬鹿らしい鎧を貫く矢が、流れ出る血と共に俺の命を奪っていく。姫殿下が狙いだったのだろう、愛情とあきらめの綯交ぜになった表情で、俺の頬歩を撫でる彼女には傷一つない。

 

  私達の結末。私は彼へ口づけと愛の言葉をささやき、後戻りできない死への毒薬を飲む。

  彼女からの口づけ、心を満たしていく愛の言葉を聞きながら、暗闇に落ちていく。

 

  それが私の、俺の夢の終わり・・・。

 

  それは私にとっては夢の一つ。ある時は革命に巻き込まれ、戦国の動乱や独裁者からの虐殺。幾つの時代と時を私とあなたは生きたのか・・・。

 

  俺が見る夢はそれだけじゃない。いつの時代も、彼女を守ることができずに二人とも息絶える。その夢を見る度に、彼女への思いが募る。今も何処かにいるのではないかと。

 

  日と月、過行く時を重ねるごとに募る求めあう気持ち。その気持ちが互いの存在していることを証しする。でもこの世は広く、互いがたどり着こうとする努力が徒労に終わることが解るから、寂しさと共に悲しみが降り積もり続けた。

 

  この時代では彼とめぐり合うことすら出来ないの・・・?日々繰り返す溜息を飲み込み、私は公務の為にセレモニー会場へと足を進める。

 

  いつか必ず探し出して見せる。その決意を胸に秘め、外務省主催の国交樹立記念王室セレモニー撮影の為に、俺はカメラを手に小国王室の第2王女の登場を待ちうける。

 

  ささやかに瞬くフラッシュ。会場を見渡して独り立ち尽くす人を見た。その顔、存在そのものが、夢にまで見た私の愛した人。言葉には出来ない想いが溢れ出しそうになり、公務用ドレスをきつく握りしめた。

 

  ファインダー越しに写る少女を見た時、全ての時間が制止する。音も無く周囲の景色すらかすみ、彼女から目が離せない。心満たすのは守れなかった悲哀。神の奇跡かと思える出会いに、頬を雫が零れ落ちた。

 

  私の騎士!時を超えて思いを募らせた愛しい人。常に私を守り、そして共に命を散らした。やっと出会えた!動乱と運命に引き裂かれながらも、何時も側に居てくれた人。

 

  見つけた・・・!やっと見つけた・・・!記憶に眠る容姿と共鳴する魂、彼女自身が二人の過去を証明する。最愛の人。俺の存在する全ての意味と理由。もう離さないと心が叫ぶ。

 

  自分の立場や公務への責任が弾け飛び、頭にあるのはあなたのことだけ。ステージから足を下ろし、あなたへと歩む足が速足となる。

 

  時代ごとにいくつもの名前を呼んでいたが、そんなことはどうでもいい!言葉にならない呻きと共に、驚愕で力の入らない足を引きずる様に彼女へと近づく。そして俺の胸に飛び込んでくる彼女を強く抱きしめた。

 

  Finally we met, it is not a dream?

「やっと出会えた、夢じゃないよね?」

  涙に揺れる瞳、歓喜に震えながら何度も君は尋ねる。

  Oh is not a dream! Finally I met, it was long! Truly···

「ああ夢じゃない!やっと出会えたんだ、永かった!本当に・・・」

  彼は私の頭を抱きしめると、力強く答えてくれた。

 

  混乱と困惑が取り巻く。しかし俺には、私には再び出会えた胸を焼く喜びと、愛しさ、強い安堵に魂が震えて二人だけの世界が、互いの鼓動を交換する静けさに満ちた・・・。

 

  国同士の深刻な問題に発展しかけたが、彼女の必死な働きで俺は事なきを得た。そして秘密の約束と連絡手段という繋がり。帰国する彼女の姿を映像で追いながら、これから先のことを想う。

  初めての出会いから千年に近い幾星霜を、出会いと死別に費やした。俺や彼女にとってこれから必要とする時はささやかな時間、そう解ってはいても本当は一日でも早く君に会いたい。

 

  私達の不思議な運命は当然両国で大々的に報じられ、父王陛下や母王妃に烈火のごとく叱られたが、あの人さえいれば私には何もいらない。この世で結ばれないのなら命すらいらない。あの時から私の心は既に決まってるから・・・。

 

  マスコミの追跡に逃げに逃げた。あの国にはもはや俺の居場所はない。しかし彼女がいるだけで、それだけでいい。他には何もいらない。あの時以降度々連絡を取り、お互いの想いとこれからの人生を確かめ合った。

 

  幾月が経ち、J・F・K空港入国ロビーであなたを探す。私を誰よりも愛し、私の為に何度も犠牲になってくれた最愛の人。そしてあなたを見つけた。あなたは優しく笑みを浮かべ、私から目を逸らさない。近づく距離と共に心拍数が跳ね上がる。

 

  俺を見つけた君は今にも泣きだしそうな顔。泣かないで、どうか泣かないでほしい。俺達に付き纏っていた呪いのような悲しみは、違う出会い方を通してついに報われたのだから。

 

  私は、俺は互いを引き寄せるように抱き合い、互いの心を交換する。

 

  Do not ever let it go, never stay with me「もう二度と離さないで、私と共に居て」

  Never let go again, let's be happy next time「二度と離さない、今度こそ幸せになろう」

 

  その言葉と共に私は、俺達は歩みだす・・・。過去とは違う平和な世界を・・・。

 

  人の世ではない遥か高みの領域に、一人の御使いの姿が有った。

  本来輪廻転生など存在しない。命の行く末は確かに決められているのだ。しかしこの二人には困難な道が用意された。信仰を試すために悪魔に打たれたヨブのように、人の愛の証をするために再びあの二人が、悪魔に試練を仕掛けられ勝利したのだ。

  あの二人の為に私は御国において、二人の過去の悲しみに報いられるよう主に幾度も願い、そして受け入れられた。正しい魂の在り方に戻ったのだ。

 

「今度こそ、本当に幸せに・・・なれらに祝福あれ・・・」

 

  祝福と共に、ふと笑みが浮かぶ。数多く降りかかった痛みを超え、心からの幸福を得たのだから・・・。

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