
RAIN
Loss and solitude
光に満ちて桜の咲き乱れる頃、僕と君はキャンパスをくぐった。
幼い頃から共にいた君。中学校の頃、
「二人は一緒だから、同じ大学に行こうね!」
その言葉に、君に追いつく為のエネルギーを貰った。
君が僕にくれる笑顔、信頼の言葉、何時も僕を勇気づける。
高校時代に僕を親友と呼んでくれた先輩と、キャンパスで出会った。
誠実で優しく、正義感の塊。男としての僕の尊敬すべき対象。
勉強を教えてくれ、根を詰めるなと励ましてくれた。
まさかこの場所で出会えるとは、それは本当にうれしい誤算。
自然と僕達と先輩は、休み時間には三人でいることが当然となった。
学生ゆえのモラトリアム。遊びに行くにも、食事をすることも三人。
成すべき勉学に励めども、有意義で本当に楽しい日々。
相変わらず君の笑顔は眩しく、先輩との掛け合いに笑顔が零れた。
短いが永遠に続くような日々の中、先輩は僕に告げる。
「俺は彼女が大切な存在になったようだ・・・」
その言葉が僕を粉々に吹き飛ばす。彼女が好きで、彼女に励まされ、
彼女が僕を此処にまで引き上げた。その苛立ちを言葉にして、先輩の顔に苦渋が満ちる。
お互いが彼女を大切に思い、必要としている。友情と恋愛の狭間で苦しむ顔だった。
いつの間にか、僕の隣から彼女が居る時間が削ぎ落ちていく・・・。
焦る心の中で探し見た風景は、モノクロに支配された二人の楽しげな表情と熱き抱擁。
この瞬間に僕の存在意義、生きる意味と三人の関係性を失った。
僕と彼女の関係を信じ、当然のものと勝手に思い込んでいた自分を許せない。
彼女が僕に見せた笑顔。今の先輩を見る熱を孕んだ視線と微笑み。
そこにはもう僕の居場所は無い。もうそこに、在りたくはなかった。
僕はただひたすらに、泣きに哭いた。
心の中を満たしていた希望は消え去り、全ての情動が希薄に感じる。
あるのはただのあきらめと、飢えるかのような孤独。
狂おしい程の飢えを満たすために、僕は知識と学ぶべきものを貪り続けた。
それでも、満たされない!充たされない!飢えはさらに大きくなっていく。
全ての学年で得られる物を飲み込み、僕が見た二度目の桜の季節。何もかもが色褪せていた。
僕達の関係性の変化はキャンパスでも話題だったのだろうか、ある時一人の子に声を掛けられた。
すり減った感情と心。生徒たちの間でも綺麗で有名な子らしいが、僕は空しいほどに心が動かない。
その時から、彼女は僕に良く声を掛け、頼んでもいないのにバスケットを持ってくる。
慰めているつもりなのか?馬鹿にするなと僕の心が暗く呻く。
僕は独りでいい。喜びという心の情動も、モラトリアムの楽しさも、僕はどうしていいかわからないのだから。
色褪せ無表情な顔をしても、底冷えのする冷たい視線で彼女を見ても、無価値な笑顔を見せる彼女。
出会いの日から一月以上経つのに、めげないものだと心の中で冷笑を浮かべる。
こんな僕に何の価値がある?君を好いているだろう人は多いはず。そして君には僕は釣り合わない。
無駄に時間を使うな、無駄に昼食を作ってくるな、笑顔と共に僕に響かぬ愛の言葉を囁くな!
その行いの全部が周囲の妬みを引き起こし、壊れた僕の心をさらに軋ませる。
何時もの様にバスケットを開きながら、ある時彼女はこう言った。
「先輩に起きたことは聞きました。先輩の心は冷たいように見えても、本当は優しいと思います。
先輩を傷つけた人の前から消えたのも、勉強以外興味を持たないのも、本当はもう傷つきたくないからですよね?」
ねじくれ、幾重にも鍵を掛けた心の扉を開こうとするのはやめてくれ!僕はこのままでいいのだから!
あの輝いた日々も、失う恐怖も思い出したくはない!
廊下ですれ違い、敢えて無視しようとして通り過ぎる俺の腕を、彼女が抱きしめる。
あれから数週。彼女はまだ諦めようとはしていない。はぁ、と溜息を吐くのを呑み込み、その行為に僕は思わず驚く。
下から覗き込む悪戯めいた視線に、苦笑を覚えるのも衝撃だった。恐ろしくも無自覚に解きほぐされていた心。
無表情を装っていた顔に隙があったのか、彼女は何かに気が付いたように無邪気に微笑む。
二人になった時、なぜあれだけの月日を自分に捧げたのか聞いた。その答えは簡潔「ただ好きになってしまったから」と。
(僕はもう誰も好きにならないと決めたのに・・・)
(私は、私が好きになった人に過去を背負って壊れて欲しくなかったから、 時間で解決出来るのなら、この気持ちを伝えたい!)
もう泣きたくはないと思っていたのに、心を閉じ込めた氷を溶かす熱に、自然と頬に涙がつたう。
あれ程周囲を拒絶して、独りでいいと思っていたのに、これほどまでに救われたいと願っていたのか。
僕の変化に、彼女は優しく僕を抱きしめ、この胸に顔を埋める。その温もりに、思わずその頭を撫でる僕の右手はぎこちない。
あれほど冷たくしたのに、心を傷つけたかもしれないのに、長い時間を費やして僕を救ってくれた。
ああ、わかったよ。思い出したくないものを、君の為に思い出そう。その君の僕への想いが、僕の君への想いに繋がっていく。
冬の大地に急速に暖かな日が差し、草木が芽吹くが如くモノクロの世界が色を取り戻していく。
自分の耐えられない存在の軽さ、心の飢えが満たされ、胸に喜びが満ち溢れていく。これらは僕かかつて持ち捨て去ったもの。
それらは全部、彼女がただ僕のことが好きという理由だけで、強い決意と献身、心に染み入る様に慰め続けた思いの賜物。
僕の心の中にはもう君が住んでいる。君が共に歩んでくれるのならば、もう過去の出来事は捨て去ろう。
再び訪れた幸せな時間。君の想いは純粋で、僕の心を大きく変えた。君への愛、それは君に返す僕の贈り物。
ある夕方、突然降りだした夕立。珍しいねと君と笑い合う。そんな中、ノックと共に学生寮に訪れる久しぶりな顔。
髪も服も濡れ、その顔を濡らすのは雨なのか涙なのか、流れ続ける透明な雫は判別することが出来ない。あまりの姿に言葉を失う。
複雑な思いの中、ただ事ではない彼女の姿へ僕は問い、彼女は答える。
「彼と別れたの・・・。彼の家の事情で、私は弾き飛ばされちゃった・・・。」
僕の後ろから突き刺さる幼馴染への、炎を纏う剣呑な視線。全ての出来事を知っているからこその嫌悪と蔑視があった。
あんなにも愛し、僕の心を掻き乱したのに、目の前にあるのはただの幼馴染としての彼女。
人の心はこれほどまでに変わるのか・・・。人の心の移ろいやすさに、少しだけ悲しくなる。
大丈夫だから憎まないでと、恋人に思いを伝えボロボロの幼馴染を招き入れる。人としての良心、友人への同情にすぎない。
僕の隣にいる人を見て、少し辛そうな表情をするがそれが君の選択の結果だろう?僕は辛さから救われ、自らの選択をしたんだ。
でも君は、僕の大切な幼馴染。君が悲しみと辛さを背負うなら、幾らでも慰め同情しよう。それが古い友人というものだろう?
人生を語るほど長い時間を生きて来た訳じゃないけど、青春は残酷で苦痛に満ちる。
でも逆に、素晴らしく、希望に満ちて愛を謳歌することもできる。
全ては選択。巡るは因果。だからといって、選択の失敗を経験した友人を救わずにはいられない。
痛みを知るからこそ、人は人にやさしくなれる。僕は二人の人に大切な贈り物を貰った。
ただ僕は贈り物に対する対価を返していく。僕を救ってくれた愛する君に、より大切な想いを・・・。
