

RAIN

水の庭
家の庭。ぽつぽつと降り出した雨。
水に濡れるアスファルト、乾いた土、植物の香りが鼻腔を擽る。
強まる雨足に逃げようかとも思ったが、胸の苦しみが想い留めさせる。
濡れて一房の髪から水滴が落ち、顔を流れる水はまるで泣いているかのよう。
水を含んだ靴、お気に入りのズボン、身にまとうシャツが重くなっていく。
シャワーみたいに強まる雨。足元の芝生に必要以上の水が満ちる。
本来ならば、皆が皆気持ち悪く思うだろう。
でも私はこのまま雨に打たれたかった。
これまでの痛み、悩み、切なさ。
それらがすべてこの雨に流されるようにと思った。
静かに手を開いて、そのまま天へと伸ばす。
顔を流れる水に、温かいものが混じる。
こんな雨に心の重荷が流されるわけがない。
でも、この雨に打たれたかった。身を任せたかった。
私というちっぽけな箱庭。
降りかかる様々な不条理に、熱くなった頭が冷やされていく。
雨に満ちていく水の庭。雨音に耳を傾けながら顔を拭う。
心に落ち着きを取り戻すためならば、水の庭に身を任せるのも、たまには良いだろう。

言の葉の森
言葉。人々を各一人の人として示すもの、命の有り様と存在の有り様、
人の生きた証を示すもの。
だからこそ、言葉は大切。
言葉。人を励まし、力を与えて人を癒す。励ましの力は人を集め、
さらに多くの人の為に働く力を与えてくれる。
そういう言葉は尊い。
言葉。人の尊厳を奪い、ある時には心を傷つけ人を殺す。
怒りに捕らわれた時、憎しみをも助長させることが出来る。
その様な言葉は本当に恐ろしい。
言葉。人を教え導き、歴史を記し過去を振り返ることが出来る。
人ができうる限り、同じ失敗の轍を踏まないように次代へ教えることが出来る。
その言葉は知恵を友とし偉大だ
言葉。人の想いを伝え、愛を現し人の心の現れを示すもの。
天と地との狭間にある、あらゆる万物を讃えられる。
だから言葉は美しい。
至る所にある言の葉の森を巡り、似たような木やその実を味わっても、
姿や味が違うだけでその意味は同じ。
大切で尊く、恐ろしくて偉大でそして美しい。
だからこそ言の葉は慎重に、優しさを持って送ろう。
誰も傷付けず、笑みと平穏に満ちた世界の為に。

兄 弟
私に兄弟はいない。
友たちは、兄弟がいると喧嘩や関係性の間で、私を羨ましがる。
私は常に一人で、夜中でも一人で寂しい思いをしてきた。
両親は仕事や、人付き合いで夜を開けることが多かった。
せめて、兄か姉、弟や妹が欲しかった。
つまりは誰でもいいという事か・・・。自らの身勝手さに苦笑。
でも、それでも友人を羨ましいと思ったのだ。
独りというのは本当に辛い。人との関係性を作ることも難しく、
友たちの数も、他の友人より少ないだろう。
昔、想像の世界へと踏み入れ、幼い時に誰か居る事を夢想した。
ある時は兄で、ある時は姉。そして弟や妹と。
しかし、全ての夢想は自分が知らない為に、心を弾ませることが無かった。
友よ、兄弟が居る事をどうか疎ましがらないでくれ。
どうか私を羨ましがらないでほしい・・・。
子供の時から僅かな時間を共有することの出来る人の存在は、
本当に恵みだ。無いものねだりで、知らないくせにと言わないでほしい。
僅かばかりの光と、孤独を埋めてくれる本、
私にはそれ以外本当に何も無かったのだから。
兄弟を大切にしてほしい。

言葉の人生
詩にしても、格言にしても、残した人の人生を見てみれば大抵が不幸だ。
人生の失敗や不運に塗れ、自分の中から出てきた言葉が残される。
楽観的に書かれている言葉でさえ、その文にその人の葛藤と選択が見えるだろう。
哀しみや苦しみ、悲嘆や憂いを経験しているからこそ開き直れる。
だからこそその言葉には重みがあり、後世の人に明かりをともす。
人の世には苦痛がつきもの。幸せな人生などどれほどあろうか?
だからこそ人々は、自らの経験故に言葉を残そうとする。
後世に教訓という光を灯すために。

Shining
緑の草原。良く見たら、ひとつひとつの流れるような緑の葉が、
暑くもなく、寒くもなく、爽やかな風になびいて頭を巡らせる。
雲もなく、ただあるのはひたすらに高い空。
後ろに振り返ると、大小さまざまな新緑樹が茂るでもなく、
緩やかな等間隔でそびえ、葉の間を突き抜けた光の帯が降り注ぐ。
中天を見上げるも太陽はなく、その光が肌を焼くこともない。
私は草原に腰をおろし、その身を横たえ瞳を閉じる。
その瞼の裏の視界には輝かしい光点はなく、温かい光の穏やかさが満ちる。
それは私のイメージ。
すべての生命が輝き、静けさに満ち髪を擽る風さえも微かな光を湛えていた。
何処にも存在することのない楽園。
夢の中で私は一人この時を楽しむ。

夢の残滓
漠然とし、しかしストーリーのある物
ある時は近未来、逮捕権をAIに委ねた武装警察の物語。
そして、広いショッピングセンター内でのラブコメディ。
あらゆる場面が、唐突に切り替わっても登場人物が変わることはない。
その心は夢の中に溶け込み、かかわる人々へ共感し、愛おしく思う。
ある意味別世界へ飛び込んだようで、その感情は本物だ。
夢から覚め、自分が紛れ込んだ世界の余韻に浸る。
誰かを大切に思い、誰かを好きになりそうになる甘美な想い。
そんな夢は、ふとしたことで忘れてしまう。
異世界から戻ったとたんに、忘却の魔法を掛けられたように。
だからこそ、枕元にあるメモに書き記す。
私が体験した愛おしい世界を忘れないために。
甘い余韻が消えないうちに、私の思いすらも書き記そう。

Engage
長い日を僕達は歩んできた。沢山の笑顔と光輝く記憶達。
目の前にいる君の姿に目を細める。
僕達は互いに語り合い、心と想いを溶け合わせてきた。
いっぱい喧嘩もして、その度に寂しい思いもしてきた。
そのような時を過ごしながら、僕の中に君が満ちていく。
君の細い顎に左手の指で軽くあげると、
蒸気したように赤くなった君が顔を上げる。
「下を見て・・・」
不意に僕から掛けられた言葉に、困惑しながら君が見る物。
僕の右手には、台座に刺さる銀の指輪。
その心を悟った君。
何度も頷きながらも、その眼から幾粒もの宝石が落ちていく。
今日から僕と共に同じ時を生きていこう。
全ての喜びと痛みを、乗り越えよう。

WORLD
赤道特有の灼熱の光が体を焼く。
噴き出す汗に辟易しながら私は階段を昇る。
作りし者も知れぬ遺跡の頂点に立った時、思わず息を止めた。
見渡す限り永遠に続くかのような緑の平野。
深淵に続く木々を吹き抜けてくる風は涼しく、
汗に濡れた体を優しく拭い去ってくれる。
此処にあるのは地平線でも、水平線でもない。
ただひたすら広く高い空と、緑の境界線だけ。
荘厳で神々しく、世界の素晴らしさを凝縮した景色。
その光景は、狭い島国に居ては絶対に見られぬ物。
この幻想的な光景は、人の想像を超えるリアル。
何時かまたこの光景を見たい。
そう思わずにはいられない、圧倒的な風景。

Missing
出会いから短い、恥じらうような甘い時を過ごし、
別れはあまりにも突然で一瞬だったね。
君が勤めの関係で飛行機に乗る。
当たり前のことで、何の心配もしていなかった。
だからこそ、テレビに映る事故と君の名前を見た時に、
僕の心が粉々になった。遠い遥かの海に消えた君。
今まで過ごした思い出が輝くほどに、僕の心を軋ませる。
君は今も見つからない。君の部屋は主をなくし、
君の存在と、二人の記憶を証する物も何一つ無い。
寂しさと哀しみが降り積もっていく。
君の笑顔、笑い声、甘えるような仕草、怒った顔。
それらがすべて失われたんだ。
心が枯れ果てるどうしようもない寂寥に、僕は崩れ落ちてしまった。
どうかこんな弱い僕を許してほしい。
だからどうか・・・早く君が見つかりますように。
心の中に残る思い出だけじゃ、あまりにも辛すぎるから・・・。

神の火
人の手を出してはならない神の火によって、
尊い犠牲、多くの屍と怨嗟の山を築いた。
時は巡り神の火は理想の力と勘違いされ、
各都市を動かす力の源泉となる。
しかし、神の火は人の手に余った。
残されるゴミは永遠に残り、問題は先送りにされたまま。
地揺れと大波により簡単にコントロール不能となり、
多くの人生を狂わせる毒を撒き散らした。
神の火は、人の手に余る。
どれほどの技術を誇ろうとも、手を出してはならないものだった。
しかし、清浄な経済優先を謳う強欲な金持ちによって、
国の首長を脅し、誑かしによって神の火の再開が進められていく。
これは彼らの傲慢の責任。
北の地の果て、死に満ちた大地に石棺が眠る。
大地の怒りの多いこの国に、神の火は要らない。

ファンタジア
草木一つない溶岩岩の続く寂寥とした山並み。
天空には、立ち上る雲の柱の間から姿を現す天空の大地。
その様な世界をさすらう人の表情には、何の憂いもない。
ある時には古代に穿たれた地下都市を旅し、
また時が過ぎ去れば、天空の大地に聳える神殿を巡る。
西の土地では半人半馬のケントゥリ族と語り、
南の森では翼もて翅まわる妖精族より知恵を賜う。
海を支配するリバイアサンを避け、人の頭ほどの火山弾を
吐き出す大火山の偉容に息をのむ。
天にそびえる巨大な天蓋宮の柱を調べ、
遂には栄光の光に輝く神の領域へと引き上げられる。
ファンタジアは人の心が描く理想郷で、胸躍らせる冒険譚。
決して現実ではありえない物。
だからこそ人はその幻想に魅入られる。
私もまたそのファンタジアを描き、旅する者だ。

防人(さきもり)
進歩主義者の冷遇に耐えながら魂を燃やす人々がいる。
天変地異が起こりし厳しい大地に、人を救う使命に立ち向かう。
傲慢と強欲、虚勢に満ちた挑発に自らの命を掛けて警告を放つ。
彼ら防人は確かに存在するのに、法によっては存在しない幻想。
理想主義者、進歩主義者、夢想から醒めぬ人々によって叩かれ、
それでも贔屓をすることなく冷静で使命に忠実だ。
私は彼らに敬意を捧げよう。
海の防人は艦内の狭い環境や、家族と離れる孤独に進んで身を焦がす。
陸の防人は人を救い、大地と人々を守るために苦しい訓練に汗を流す。
空の防人はいつ起きるとも知れぬ自らの死を自覚しながら戦っている。
その使命の為に家族を築く事が出来ない者、
また家族を無くした者もいるだろう。
心無い者によって罵倒され、挑発されることもある。
それでも彼らは私達の為に困難に立ち向かう。
だからこそ、私は彼らに敬意と尊敬の念を捧げよう。
そして、ありがとうの言葉を・・・

The darkness of death
1と0の奔流の中に死の闇が広がっている。
不条理な現実、哀しい自己否定と自己嫌悪。
悪魔は媚薬のように死を囁き、人々はそれに魅了される。
だからこそ死に囚われ、死そのものを美化してしまう。
それはどうしようもない事。私自身以前そうだったから。
この世界、人間関係、肉の親にうとまれ救いがない。
そう思うのなら、この世を見渡してみるといい。
森や泉、川の流れや瀑布の轟すら人を救うことはない。
本当に死を望み実行するのなら、その前にあなたの意志、
心と感情を形作る霊と命。それを作った方を探すべきだ。
自ら命を捨てるのなら、その前に神の御言葉を語る者のドアを叩こう。
信仰を馬鹿にする前に自らの命を試すことを語ろう。
あなた方も、以前の私も同じだった。
死の闇に心地よさを求めてはならない。
あなたの霊を作りこの世に送って下さった神が悲しまれるから。

天の大河
人々の寝静まる頃、文明の光が入り込まない冬の空。
冷たく澄んで体を包む空気に身をすくませ、空を見上げた。
自分が考えていた以上の壮麗さ、荘厳さに白い息と共に感嘆の声を上げる。
空にあるのは数えることすら冒涜であろう星々からなる大河。
その帯は決して揺らぐことはなく、細やかで煌びやかな彩光が彩る。
中心を流れゆく暗黒の雲は、光の大河を構成する未知への情熱を引き出し、
中天を分ける静かな流れは神々しさに満ちる。
私達がいるこの星はこの天の大河の端に存在し、同じ回転に身を任せている。
空の軌跡を見て、人とは何とちっぽけな存在だろうと思う。
しかし人は、この光の川を見て感動することの出来る唯一の存在なのだ。
遥か高くを流れ、大いなる宇宙を飾る彩りの本流。
この光景を見て、長い旅をして辿り着いた苦労も満たされる。
足元には塩湖。空の光景を湖面に映し、私は地上に現れた宇宙の中に居る。

絆
僕が突然の悲しみに襲われた時、君はいつも僕を支えてくれた。
私が抱えきれないほどの苦しみに心を痛めていた時、貴方は気付いて助けてくれた。
共に悩み、共に泣き、共に喜び、共に幸せを謳歌した。
出会えたのが君で本当に良かった・・・。
貴方との出会い、それは私には奇跡・・・。
僕は、私は、お互いの気持ちを確かめ、大切でかけがえのない家庭を築いた。
仕事で失敗したとき、何も語らない僕の表情を見て君は励ましてくれた。
隣人の心無い言葉に傷ついた時、貴方は私以上に心を痛めて隣人に臨んでくれた。
二人で旅行して、川のせせらぎや古びて落ち着いた街並みを歩いたよな。
時には些細な擦れ違いから喧嘩して、口を利かない日もあったね。
ささやかで幸せな思い出は大切な輝きとなり、そして新しい命を授かった。
僕は君に口づけ、「がんばったね」と囁く。
貴方の首に手を回し、私は「ありがとう」と呟く。
二人の絆の間に新しい絆が紡がれる。
僕はこの家族を、命を懸けて守ろう。
私は私のすべてを注いで、家族の絆を支えるの。
愛し、許し、支え合い、守る。僕の、私の、大切な絆の為に。

雲ひとつない空、寒さや暑さも感じず現実でない世界。
足元に地を踏むことはなく、見下ろすは遠い木立の切っ先。
意識せずに体が急降下し、森の中を駆け巡る。
深い森を抜け、人ひとり存在しない街に出ると大通りの上空を切り裂いていく。
髪を乱す空気の抵抗もなく、まるで自分自身が風になった様。
それはあくまでも自由で、夢というシナリオから抜け出すことはない。
だがこの解放感と全能感は、夢であるが故に自らの心を強く揺さぶる。
夢と現実の地平線を超えて今という世界に戻って来ても、
心惹かれるのは夢の世界。まどろみの中にかの世を望みて、
心地良い眠りの入口へ身を委ねた。

夢幻
生い茂る緑に抱かれる石柱と、人を拒絶すように固く閉ざされた石の扉。
過ぎ去った古代にロマンを馳せながら石柱回廊を扉へと歩く。
緑の隙間から外を見ると、切り立った断崖の底を窺わせない程の霧が満ち、
彼方に霞む山々との空間を巨鳥がささやかな群れを率いて空を過ぎ行く。
曇天の元歩む道は薄暗く固い。冷たく湿った空気が火照った頬を優しく撫ですさる。
足を止め石の扉に手が届く瞬間、淡い光と共に困惑顔のフェアリーが扉の前に現出した。
振り返り旅の仲間達へ無言で問いかけるも、皆は何も分らぬとただ顔を横に振るだけ。
何故ここに来たのかとの問いかけに、まだ見ぬ過去の偉業を見たいからだと答える。
フェアリーは物憂げな表情を浮かべて、此処に入ったものは出てこないと告げた。
今まで多くの旅と危険を通して仲間達との結束を強め、数多の世界を踏破してきた。
この先に待ちうける死の罠に落ちてもかまわない。
新しい世界、過去の栄光に彩られた遺跡とまだ見ぬ光景。
それらが心を震わせ、子供の頃から抱き続けた未知への欲求に胸が熱くなる。
妖精の加護を受け、扉を開ける。さあ、新たな旅の始まり。
まだ誰も知らない伝説を知る時が来た。
Dreaming

意識の暗闇からまどろみの境界を越えるときの世界。
恋や失恋、喜びや不安等の感情が強烈に胸に残る。
まるで恋なんかは強烈な麻薬のようだ・・・。
会ったことの無い人、存在しない人なのに、
夢の終わりに残る恋慕が、共に過ごした時間の思い出が熱い。
恋の喜びなど遥か遠くに置き忘れてきた年なのだが、胸を焦がす心が「それは違う」と突きつける。
夢とは本当に不思議なものだ。
諦めの彼方にある、無意識の情熱を連れてくるのだから。

孤独という病
静かに胸深く降り積もり自ら悟ることもなくその心を締め付ける。
何も語ることもなく、その思いすら知られずに忘れ去られる恐怖。
心溶かす様な安らぎや温もりもなく、ただ一人であることを思い知るだけ。
誰もが悩み、年老いていくと共にその病は深くなっていく。
ある人はプライドに潰され、またある人は誰にも知られずに死んでいく。
孤独という人と社会を蝕む病は、人々を悲しみの淵へと追いやり解決する術もない。
誰も望んでいないのに・・・。人の営みの中で否応なしに突き付けられる現実。
悲しみ、苦しみ、寂しさと胸に沁みこんでいく焦燥だけが膨らみ続ける。
それらを癒す優しさはどこにも無く、関心を向ける者も無い。
誰かが気付き声を上げても、既に後の祭り。
微かに聞こえるのはすすり泣く声だけだ。

ある冬の景色
身を切るような冷たい風が頬を撫で、骨まで沁みる凍えた両手に息を吐く。
無意識の身ぶるいとともに空を見上げると、熱を失い深く澄んだ青。
青のコントラストの西には、珍しい彩雲が広がり淡い虹色に染まっている。
不意に冷たい空気が襟の隙間から流れ込み、思わず身を竦ませ意味のない声が漏れた。
行き交う人達からも、寒さにうんざりする様な言葉と唸りが聞こえてくる。
だが私はこの季節が嫌いではない。
四季があり、うだる様な夏を思えば両極にある今の時期はむしろ心地良い。
乾燥して澄んだ空気、寒さから守ってくれるお気に入りの服、冷えた体に沁み渡る紅茶。
これらの贅沢は今だからこそしか味わえない。

道程
人は一人一里歩む道が違う。
ある者は緑の草原を歩き、またある者は枯れ果てた谷を歩む。
一見不公平に見えるが、歩いている道程は一時的なものだ。
草原も枯れ果てた谷も永遠に続かず新たな道が用意されている。
大きな問題に躓き、選択という分かれ道の前で立ち竦む時もある。
何れかの選択を選んで、大きな痛みが伴う事にも時は待ってくれず、
人は時と共に歩まされると気付いた。
しかし、選択の痛みを癒してくれるのもまた時と新しい道。
私はその事にいつの間にか気付き、確かに前進していた。
これからも様々な道程と選択があるだろうが、痛みを恐れることはない。
失うものもないが、痛みによって私はこの道を知ったからだ。

幸せな時間
晴れ渡る空、白く膨れ上がる入道雲と眩しい日差し。
清く澄んだ湖畔に、制服のスカートを両手に摘まみながら踝までの水を遊ばせる君が居る。
水の鏡に反射された光が君の姿を包み、瑞々しい肌と僕に向ける笑顔が眩しい。ある土曜日の学校の帰り、君が見つけ、大切にし、僕にだけ教えてくれた大切な場所。さあ、早くとでも言うように君は僕へ向けて右手を伸ばす。それはここに来た時に繰り返される君の思いの表現と心の証。
僕は準備を整えると君と同じように水面へと歩み、伸ばされた手を握る。
他愛ない話で笑い合いながらも、二人の足を包む冷水が火照った体を優しく冷やす。
その気持ちよさに君は目を細め、僕は大きく伸びをしながら君の横顔に見惚れた。1週間の内のわずか数時間だが、君と過ごすどんな日々よりもこの時が好きだ。
君の態度と雰囲気が君の気持が僕のそれと同じであることを教えてくれる。ここは君と僕の刹那に見えて永遠にしたいところ。二人の幸せな時間を重ねる場所だ。

黄昏
君と出合い人生の苦楽を共にした日々は、永久に流れる時間を振り返れば一瞬のこと。
情熱と愛情を注いで育て、守ってきた子らは巣立ち年に一度はこの家に帰ってくる。
お互いに時間を延ばしながら果たしてきた仕事からも離れ、君は庭を花で埋め尽す。
咲き乱れる花々を目で時々愛でながら、私はこの光景をカンバスに写していく。
庭で私に笑いかける君も、カンバスに延はしている私の手も人生の年輪を刻んでいる。
私達は老いた。昔のような情熱は失ったが、太陽の光を浴びて輝く今の君も特別で本当に美しい。
君は私のことをどう思ってくれているだろうか・・・。
しかし、幸せな時間を過ごせたこと、それだけは間違いないだろう。
そんなことを思いながらふと考える。先に死ぬのは私が良いと。
君というかけがえのない存在の喪失に、決して私は堪えられないからだ。
そんな考えに私は苦笑を洩らす。優しく、そして穏やかに流れていく黄昏の日々を大切にすればいい。
一日一日を君と共に大切に生きていけばいいのだ、先のことを思わずにこの今を愛おしく、大切に過ごそう。

森の都
楽しげに囀る鳥たちの声、ふかふかな落ち葉のカーペットからそびえ立つ針葉樹の柱達。
木々の間から差し込む光の先には、その祝福を謳歌するように様々な緑が萌え広がり、その恩恵に預かる鹿などの声も奥から漏れ聞こえる。時折流れ来る風は、微かな湿り気と木々や土の香りに満ちて、自然の心地良さに魂が震えた。
幾筋もの光の柱に照らされた森を歩む。足元の腐葉土、時折現れる腐り倒れた老木と朽ちかけた骨に、四季という環境と時、踏みしめる足元で行われる見えない森羅万象を思う。
何と命に満ちた世界だろう。万物の循環を前にして自らの存在の矮小さに苦笑が漏れる。
屹立する木々、あまたに存在する生命、人の介在を許さぬここは森の都だ。

輝き
夢を持ちその思いに走り続ける人。
有名になる人はほんの僅かだが、その輝きを胸に一生懸命な人は多くいる。
どんな挫折や躓きも、その夢が肩を押して勇気づけてくれるのだろう。
だからこそどんな時も頑張れると私は思う。
逆に夢を抱けない人、私のように夢に破れた人。
何をしていいか分からず不安かもしれない。
しかし、確信して一つだけ言えることは、私達は可能性に満ちているという事。
その人生すらも輝きの中にある。全ての人に絶望は相応しくない。
時が来れば夢を見出し、思わぬ人生の喜びを謳歌する。
一見この世は不公平に見えるかもしれない、社会システムが壁となることも。
他の夢の輝き見て自らの不詳を嘆くことは、自分に与えられる喜びに相応しくない。
自分の夢を待ち望み、自分自身の輝きを手に入れよう。
人は可能性の塊、希望なのだから。

霧陽
雨終わりの寒空の下、天から雲が降りてきたように視界を白が包む。
走り行く道の先を望んでも、堅くはない壁が逃げ行く様。
時折壁の中から現れる対向車に驚き、胸の鼓動を躍らせた。
見渡す限りの白の世界は現実を忘れさせ、自然の幻想に魅入られる。
だが、その事象は危険を孕み、望まぬ痛みをもたらす脅威でもある。
ふと空を見上げれば、乳白色の空に太陽の姿はなく朧げに地上を照らす薄明かりのみ。
慎重に慎重を重ねながら車を走らせ、神経質で緩慢な時をたゆたう。
地に明かりが回復していく。
その空にあるのは初めて見る白い太陽。
時に存在を薄靄に隠されながらも、時に自らを主張する有様は、まるで世界の主導権を争っている様に見えて面白い。
太陽が天空を駆け、高みに達する。それは濃霧の敗北。
太陽はその存在を白く輝かせて自らの勝利を主張し、
私はその光景に流されるかのようにカメラのシャッターに指を伸ばした。

愛しさの距離
瞳を閉じて浮かぶものは、遠き場所にいる君の笑顔。
輝きにたゆたう幸せに満ちた記憶達と、いまだ見ぬこれからの未来。
今二人を分かつのは運命に与えられた距離。しかし僕は人生の可能性を信じる。
僕達の心を強くするものは、たった一つの約束と距離を埋めるスマートフォン。
ただ語られるのは愛の情熱と約束についての確証。
その時は熱い想いに胸を焦がし、君の優しい笑顔に慰めを得る。
「すぐに、大好きなあなたに会いに行くから・・・」
ふと告げられた言葉に目頭の痛みを隠した。
会えない時も、互いの距離も、君の言葉によって全てが愛おしいものになる。
君に触れたい、君の見ぬ様々な場所へ君を連れていきたい。多くの事を語りたい。
可能性が希望へとなり、君の意思により現実となった。
僕達の未来はきっと以前みたいに輝いたものとなる。

オリオン
大空には宝石を散りばめられた天幕が張られ、
その光景は子供の頃から変わることはない。
君と僕は大地に身をゆだね、天の一部、
オリオンへと手を伸ばし星々を語った。
昔から変わることのない楽しく幸せな時間。
しかし、時間を重ねるにつれ星々を語る事も減っていった。
明るく輝くオリオンは君と僕とを繋ぎ止める鍵だと思っていた。
星や神話を語るときに君の瞳は輝き、
尽きることのない興味と楽しみを表していたから。
だが、時が経つほどに人は大人になっていく。
育っていく新しい価値観と生まれ落ちる大切なもの。
それは君だけじゃなく僕もそうだった。
ただ空を見て語ることをやめ、その先にあるものを望んだ。
今僕の顔を照らすものは、遥か数百光年先の電波解析プログラム。
頭に浮かぶのはその銀河のイメージ。
宇宙の神秘を覗き込む度に喜びが胸を躍らせる。
仕事帰りに空を見上げる。オリオンが見えた時にふと僕は思う。
君も時々空を見上げているのだろうかと。

絢爛たる美
青の天蓋より舞い落ちる暖かな陽光。
緑萌える静謐の中、絢爛に咲きわたる木々。
始まりし命の脈動は力強く、
これから訪れるであろう斜陽の影すら感じさせない。
なぜこれほどに美しい。
なぜこれほどに愛おしい。
眼前に広がる命の賛歌を喜び、絢爛たる美と命を讃えよう。


想像の卵
写真機によって切り取られた美しい瞬間。
それは風景でもあり、モデルでもある。
様々なイメージを眺めながら、よりこの世のものからかけ離れるように、
幻想的で神々しく見せようとアイデアが閃く。
美しい人を新しい世界と融合させ、多くの手法を加えていく。
その度に現実から異世界で生まれ落ちた女神へと姿を変え、
私は再創造と新しい世界に満足する。
湧き溢れる想像力とイメージ。
人の手によって作られた表層の世界を変えていく技術と時代に、感嘆の溜息。
私の想像力が続く限り、美しく新しい作品を生み出していく。

尊敬
雨の日も体の底から震え上がる寒き時も、うであがりそうな酷暑の日にも、
ちょっとした体調の悪さも気にせずに頑張る人がいる。
建築現場で、人を誘導するところで、電柱の上で、ネクタイを決め外回り。
そんな人々を見て素直に心に浮かぶことは、ただ純粋な尊敬。
頑張れとは言わない。疲れ果てるまで頑張るなとは言えない。
今日も元気で無事に一日を終え、喜びと共に晩御飯を頂けますようにと言おう。
尊敬する働き人のために、度重なる人生の失敗の中で病を負った私は祈る。
彼らと同じ様に再び働ける日々が来るようにと。
想いと表層

桜舞い散る中、柔らかく微笑みながら君は、その細い指を僕の指に絡ませる。
その仕草は、言葉では語りつくせない多くの気持の表れ。
初めての場所、初めてのシチュエーション。
飛び跳ねる鼓動を気付かせぬよう、残った指で頬を掻きながら君を見る。
君は嬉しそうに笑うと、僕の腕を抱きしめた。
何故なんだろう。一言も語らず、頬を掻いて互いを見ただけなのに気持ちが伝わるのは。
僕が感じている胸の熱と、君への想い。君の心も同じだと感じてしまう。
一陣の風と共に花弁が舞い、君の長く美しい髪へ一つ。
僕が手を伸ばすと、恐らく君は気付いたのだろう、まるでねだる様に僕を見上げた。
青い情熱と幸せを共有する時間。
それは本当に甘く、君という存在がどれ程に大切なものかを知らせてくれる。
いまだ花の残る桜を二人で見上げながら、次の年もこの木を二人で見上げられるように祈った。

荒野(あらの)
澄んだガラスに切り取られた車窓から見えるのは、
永遠に続くかに思える荒野。
気候によって極限まで水気が絞り取られ、
枯れ果てた岩と砂が支配する世界は
「生きてみるか?」
と人々を挑発する様だ。
だが人はなんと逞しいのだろうか。
自らの知らない歴史の中にあって、
彼らはラクダに乗り、
あるいは徒歩によるキャラバンを作ってこの荒野を旅してきた。
荒野と一言で言うが、
目の前に見えるものは想像を遥かに超える天然の要害。
中天に坐する太陽からは情け容赦のない熱波に照らされ、夜にその天の支配を渡せば凍そうな寒さに襲われる。
乾いた空気は生き物から水気を奪い、
何の準備もなく荒野に挑むものを死によって嘲笑う。
しかしこの荒野の絶望と共に見える美しき光景は、
キャラバンで旅した者を慰めもしただろう。
いつ終わることなく続く地平を見ながら、私は過去に思いを馳せる。

愚かさの残滓
時は残酷だ。人の想いや感情、思い出を色あせさせ風化させていく。
彩りをもって咲き乱れた愛でさえ今は枯れ果て、刻み行く流れに見る影はない。
疲れ果てたあなたの顔には過去の面影さえもなく、私を魅了した美しさは消え失せた。
度重なる擦れ違いと心の痛みに擦り切れた私は、あなたにはどう見えるだろうか・・・。
目の前にはこれからの私達を運命づけるサインと、二つの指輪が静かに佇む。
過去の日の何時に、目の前の光景を想像することができただろう。
それだけ私達は幸せだったのだ・・・。
もはや互いを必要とすることもなく、求める情熱も無い。
本当に時は無慈悲で、私達はその愚かさゆえに二人であることを続けられなかった。
諦観と達観。それのみが互いが憎み合わずに許す鍵となった。
何故こんなことに・・・。
心こもらぬ声で呟いても、その声は枯れ果てた空間にかすれ消えていくだけだ。
BABEL
多くの人の手の技と積み重ねた歴史。
それらにより人々は知識と技術に富むものとなった。
先人達により続く洗練された知性と、法とモラルによる理性。
今の時にそのすべては最盛を極めたと誰もが思ったが、
頂点に立った時代が全ての人々を狂わせる。
インモラル化した表現の自由、情報の氾濫、人間性の収奪。
我々は隣人を知ることが無く、自らの可能性も信じられなくなった。
そこから生まれ来るものは誘惑と混沌。
信じられない数の人々が自ら死を選び、同数の人々が姿を消していく。
他者を貶めることに何の罪悪も感じず、生き残り勝ち組となる言い訳を繰り返す。
情報、自由、多様化した表現が人々の理性を誘惑の色に塗りつぶした。
崩壊した理性は獣の本性を露わにし、弱い子供達へその牙を突き立てる。
意識する時間は本当に些細な時間。僅かな時にどれだけの子供の血が流れたか・・・
人間は知性に溢れた者ではなかったか?失敗の中から理性を手に入れたのでは?
街では追い立てられるように時が流れ、心と良心が病み始めている。
誰が勝てるだろうか、今のこの流れに誰が敵うというのだろうか。


茜
熱の残る不快だった夏の名残が過ぎ去り、
畦道を駆ける体に初秋の祝福みたく、冷たい風が流れていく。
茜に燃え上がる雲が日の終わりの近いことを告げ、それ故に空が冷えて行くのだろう。
捲くった長袖に後悔しながらも、練習後の体の火照りが酷かったからと苦笑した。
寂寥の漂う校舎を後にして半時が過ぎ、不意に響く町の音楽が時を告げる。
用水路を流れる落葉舟、沈みゆく太陽と静謐な冷気に寂しさを覚えた。
気遣う言葉と、儚く壊れる物へ慈しむ様に、おずおずと伸ばされる温もりが、
冷えゆく身体に沁み渡っていく。
萌え上がる命の喧騒の中、部室棟の前で声を掛けてきた君。
その君の手に、ハンドルから離した僕の手を優しく重ねると、
安心した様に背中に新たな安らぎが広がっていく。
あの時から、一人の日常に君という存在が螺旋のように寄り添った。
夕、遅くなるのだから待たなくていいと言っても、校舎での微かに交差し続ける時を埋め合わせる為に、今を手繰り寄せる様に君は僕を待ち続ける。
茜から紅蓮へと色を変え、夕闇へと進みゆく空。
その日一日の出来事を語り合いながら、「茜」と君の名を口にした。
炎のように赤い空の同じ名を持ちながら、対極にある君の優しさ。
僕はただどうしようもなく、君を好きになっていく・・・。

紡ぐ物語
詩に紡がれる一つ一つの言葉は、私の心、私の思い。
イメージやシチュエーションの中で動き出す意識の情動は、
ときに優しく、ときに悲しく、ときに儚い。
だからそのすべてが愛おしくなる。
ある一つの詩のどのような人格も、それはその瞬間のリアル。
誰かは悩み、誰かを想い、心に喜びと苦しみを抱えている。
人生のままならなさと、若さを喜び謳歌すること。
その時を創造するものとして、自分の経験を糧に苦難に導くことがある。
だからといって、誰にも救いをもたらさないわけじゃない。
小さな物語の中に、悩める者、青春の中の不安。
そして苦難の中にある者の物語の最後。
私はそっと優しさを置く。

獄 暑
燦々と降り注ぐ光で地面が焼け付く様。
湿り気を帯びた空気は流れることなく停滞し続ける。
動く事もなく、ただ日陰に身を隠しても熱から逃げることもできない。
汗を流すことに慣れていても、さすがにこの異常さはうんざり。
日がもたらす明るさは良いものなのに、
熱い空気のたゆたう光景の乱れと苦しさは地獄のよう。
行った事もない知らない場所だけど、今の暑さの中では想像もしたくない。
そんな想いに至らせる季節。
建物に入った時の冷たい空気にほっと息を吐く。

幸せ
幸せは蜃気楼のよう。
漠然として形は見えず、ただ好いものだとしかわからない。
だからこそ人々はそれを追い、足元にある平凡が大切なことも。
人によって幸せはそれぞれ。
形のないおぼろげなもの、それは概念。